日本歴史時代作家協会 公式ブログ

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『映画に溺れて』第443回 バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2

第443回 バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2

平成元年七月(1989)
吉祥寺 吉祥寺スカラ座

 

バック・トゥ・ザ・フューチャー』第一作はストーリーも完璧で、個性的な脇役に恵まれた。天才科学者でありながら常識はずれで、どこか抜けているブラウン博士役のクリストファー・ロイド、マーティの父親で虚栄心はあるが気弱で卑屈な負け犬ジョージ・マクフライ役のクリスピン・グローバー、このふたりの演技があまりにエキセントリックで、もうひとりの脇役、ビフ・タネン役のトーマス・F・ウィルソンの印象が薄くなりがちである。
 実はウィルソンの役作り、とても丁寧で見事なのだ。ビフ・タネンのような人物はどこにでもいる。なんて嫌な奴だろうと思わせるリアルな演技。下品で頭は空っぽ、知性や教養とは無縁だが、卑怯でずる賢い。金と女が大好きで、セクハラ、パワハラ、弱い者いじめで人を支配する権力志向のブタ。大統領にだけはしたくないタイプだが、第二作にはそんなビフが支配するパラレル「クソ」ワールドが出現するのだ。
 第一作のラストシーンから物語は始まる。ブラウン博士がマーティとジェニファーを三十年後の二〇一五年に連れて行く。マーティの息子が事件に巻き込まれるのを阻止するために。老人となった未来のビフ・タネンがその場を目撃し、タイムマシンの秘密を知り、スポーツ年鑑を一九五五年の若かりし自分自身に手渡す。
 一九八五年の現代に戻ったマーティは驚く。そこは堕落と退廃の町になっていた。父のジョージは亡くなり、母がビフの妻になっている歪んだ世界。未来のスポーツ年鑑の記録から賭博で大儲けしたビフが億万長者となり、汚い金と悪の力で支配する一九八五年。まるで『素晴らしき哉、人生』である。
 マーティとブラウン博士は歴史を修正するためにまた一九五五年のあの日に戻る。そして、この作品自体、第三作ウエスタン編への伏線であり、架け橋となっている。
 残念なのは二〇一五年の未来世界がおざなりなこと。第一作でSF作家になったジョージ・マクフライが脇で活躍する未来なら、もっと面白かったに違いない。その二〇一五年も現実にはとっくに過ぎ去ってしまったが。

 

バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2/Back to the Future Part II
1989 アメリカ/公開1989
監督:ロバート・ゼメキス
出演:マイケル・J・フォックスクリストファー・ロイドリー・トンプソン、トーマス・F・ウィルソン、エリザベス・シュー、ジェームズ・トルカン

 

『映画に溺れて』第442回 妖婆 死棺の呪い

第442回 妖婆 死棺の呪い

平成二十三年三月(2011)

渋谷 アップリンクファクトリー

 

 東日本大震災の直後、ひっそりと静まった夜の渋谷、アップリンクで観たのが『妖婆 死棺の呪い』である。

 神学生が帰省の途中で立ち寄った村で、一夜の宿を頼んだ農家。そこの老婆が夜中に彼に迫って馬乗りになり、そのまま空に舞い上がる。老婆の手にはホウキ。魔女そのもの。野原に降り立つと、彼はあまりのおぞましさに老婆を思い切り叩きのめす。

 すると、老婆はいつしか若い娘に変身して、これが虫の息。大きな胸がどっくんどっくん、なんともエロチック。禁欲家の彼は魔女の色香に興味を示さず、命からがら、教会に逃げ込む。そこへ大地主のところから、彼を名指しで娘が何者かに殴り殺されたので、通夜をして祈ってほしいとの依頼。

 断れずに行ってみると、棺には老婆が変身した例の娘の死体。夜がふけて、村人たちは彼ひとりをそこに残して出て行く。とたんにむっくりと起き上がる娘の死体。

 信仰あつい彼は聖なる円を描いて、その中で祈り続ける。その円がある限り魔物は近づけず、娘には彼が見えない。

 二日目の夜、娘の死体はまた彼を襲おうとするが果たせず、とうとう三日目。その夜は、地獄の魔物たちがぞろぞろ這い出し、彼を取り囲むが、やはり、魔物たちには彼が見えない。

 そのとき、娘が言うのだ。ヴィイを連れて来て。

 化物の群れの中にぬうっと現われるヴィイ

 ユーモアと恐怖。

 原作はゴーゴリの短編『妖女(ヴィイ)』で、創元推理文庫怪奇小説傑作集』の中にあったのを高校生のときに読んだ。水木しげるの漫画にもなっている。

 お通夜で死んだ老婆がむっくり起き上がるのは上方落語の『七度狐』、化け物たちに姿が見えないのは怪談『耳なし芳一』、信仰が幽霊から身を守るのは『牡丹燈籠』を思わせる。

 

妖婆 死棺の呪い/ВИЙ

1967 ソ連/公開1985

監督:コンスタンティン・エルショフ

出演:レオニート・クラヴレフ、ナターリヤ・ヴァルレイ、ニコライ・クトゥーソフ

『映画に溺れて』第441回 けっこう仮面

第441回 けっこう仮面

平成十六年二月(2004)
渋谷 アップリンクファクトリー

 

 アップリンクファクトリーは最初、渋谷公会堂にほど近い小さなビルの一室にあって、一万円の年会費で全作品が見放題だった。どれだけ通ったことか。ほとんどがマイナー映画で、五十人ほどの客席はいつもがらがら、私ひとりだけの貸し切り状態というのも経験した。
 ここで超満員になったのが、永井豪原作の『けっこう仮面』である。夜間のみ、短期間だけの上映にどんどん客が詰めかけたのだ。
 永井豪のコミックは『ハレンチ学園』がヒットし、私も漫画本を読み、児島美ゆき主演の実写映画も観ていた。エロではあるが、ポルノではない。登場人物の少女たちが不条理にもなぜか服を脱がされ裸にされてしまうのだ。もともと少年漫画だから、それ以上の過激な描写はないが、それでも下手なポルノよりもよほど欲情を刺激されたものである。
けっこう仮面』も永井豪の一連のハレンチ漫画で、月光仮面をもじって赤い仮面、赤いマフラー、赤いブーツのヒロインが悪をやっつける物語だ。ただし、身につけているのはこの仮面、マフラー、ブーツのみ。つまり顔は隠しているが、ほとんど全裸なのである。主題歌もまた月光仮面をもじって「顔はだれかは知らないけれど/からだはみんな知っている/けっこう仮面の姉さんは/正義の味方だ/いいひとだ」というもの。
 映画版は他愛ない。アナウンサー養成学園で女生徒たちが過酷なセクハラまがいのお仕置を受ける。そこへ謎のヒロインけっこう仮面が現れて女生徒を救う。
 学園長役の鈴木ヒロミツは以前にモップスという『月光仮面』をブルース風に歌うグループの一員だった関係で出演したのだろうか。石丸謙二郎の怪演が光る。
 それにしてもアップリンクを超満員にするほど『けっこう仮面』ファンが多いのには驚いた。客席は男ばかりかと思いきや、けっこう若い女性も半分ぐらい占めていた。続けて河崎実監督の『まぼろしパンティVSへんちんポコイダー』もここで観ることができた。
 他にも『ゾンビ極道』『会田誠無気力大陸』『ひなぎく』『美しき冒険旅行』『ルル』『援助交際撲滅運動地獄変』などなど、たくさん観た。その後、アップリンクは宇田川町の大きなビルに移転し、吉祥寺にも新たに劇場を開いたが、コロナ禍で渋谷は閉館となった。

 

けっこう仮面
2004
監督:長嶺高文
出演:斎藤志乃、稲原樹莉、石丸謙二郎鈴木ヒロミツ久保恵子、湯浅奈央

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第25回 篤太夫、帰国する

 明治元年(1868)、十月。パリを出発した篤太夫吉沢亮)一行の船は、横浜に到着します。民部公子(板垣李光人)は小舟に乗り換え、品川に向かいます。薩長の者たちに無礼な扱いをされる可能性のあるためです。

 横浜で下船する篤太夫は検査する薩摩の兵にしゃべりかけられます。

「かわいそうに。海ば越えて戻れば、主(あるじ)もすでにおらんとは。まさに浦島太郎ばい」

 篤太夫は黙っていました。

 篤太夫は横浜の宿には入り、日本を留守にしていた頃の出来事を聞くことになります。

 正月を過ぎてしばらく経ってから、慶喜(草彅剛)は江戸に戻ってきます。鳥羽、伏見で公儀は薩長に破れたのです。薩長軍は錦(にしき)の御旗(みはた)を掲げ、進軍していました。敵対すれば朝敵となります。慶喜はそれを恐れたのでした。 

 慶喜江戸城に戻るとすぐに、先の天子の妹であり、将軍家茂の妻であった静寛院宮(せいかんいんのみや)(和宮)に拝謁を願いましたが、出てきたのは天璋院天璋院)(上白石萌音)でした。

「静寛院宮は顔を合わせぬと申すのはもっともなこと。お逃げになられたとは何事じゃ」

 慶喜はいいます。

「しかしそれがしは、断じて朝廷に刃向かう気はございませぬ。どうかその心だけでも宮様にお伝えいたしたく」

 天璋院慶喜に近づきます。

「まっこて、こげんちゃちなお方じゃったとは。私はかつて父に、徳川の世のため、そなたを将軍後見に推(お)すよう申しつかって江戸へ参りました。その頃から、皆がそれほどいうにはどれほどご立派なお方かと、思いを馳(は)せておりましたが。そうですか。これが」天璋院は元のの座に戻ります。「そなたは、武士の統領として、潔(いさぎよ)くお腹を召されませ」

 その後慶喜は、上野寛永寺にて謹慎しました。江戸の城はいくさもなく、薩長軍に明け渡されました。小栗上野介(こうずけのすけ)(武田真治)は、捕えられ、首を切られました。

 上野には、多くの兵が慶喜を守ろうと集まっていました。皆が成一郎(高良健吾)に、指揮者になって欲しいと頼みます。成一郎が慶喜の側近であったからです。そこには血洗島にいたはずの尾高惇忠(田辺誠一)や、篤太夫の養子である平九郎の姿もありました。成一郎はその役を引き受けます。

「今や黙す時にあらず。家臣のわれらが身命を投げ打って、上様のご無念を晴らす」

 成一郎は一団を彰義隊(しょうぎたい)と名付けます。

「われら彰義隊はこの江戸で、命をかけて上様をお守りし、その真心を世に示すのだ」

 と、成一郎は宣言します。

 しかし慶喜は、江戸を出て、水戸に移ることを決めました。慶喜は見送りに集まった彰義隊に、言葉をかけることはありませんでした。

 その後、彰義隊は分裂し、振武(しんぶ)軍と名乗った成一郎たちは、秩父の山に移りました。そこで襲撃を受けるのです。平九郎は皆とはぐれ、抵抗もむなしく、官軍に撃ち倒されてしまうのでした。

 成一郎と惇忠は落ち延び、成一郎は函館に向かいました。

 篤太夫は、五稜郭にこもる成一郎に文(ふみ)を送ります。

「顔を合わせ、話ができるのを楽しみに帰国したところ、おぬしが函館に行ったと聞き、遺憾(いかん)千万だ。主(あるじ)もなく、残された烏合の衆がいくら集まろうとも、勝てるわけがない。こうなっては、もはや互いに生きて会うことは叶わぬだろう。潔く死を遂げろ」

 篤太夫は水戸に移る民部公子に会っていました。

「先日、天子様にお会いした」と、民部公子はいいます。「そして朝廷より、水戸に戻り次第、函館の榎本軍との戦いに兵を出せとの命を受けた」

「そんな」と、篤太夫は声を出します。「函館にいるのは、元は公儀の忠臣たち。それを、民部公子様に成敗せよとは」

「渋沢」と、民部公子は篤太夫を呼びます。「今一度頼む。この先も水戸で私を支えてほしい」

 篤太夫は考えた末、ついに頭を下げて承諾の返事をするのです。

「それにもまずは、御主君のご意志をうかがわねばと思っております」

「そうか。兄か」

「上様に、民部公子様ご帰国のご報告をいたしたいと存じます」

「私も兄に会いたいが、水戸を継いだ以上、朝敵に会うことは許されぬ。文(ふみ)を書くゆえ届けてくれ。そして必ず、兄の返事を私に届けて欲しい」

 篤太夫は数ヶ月かけて、旅の残務整理をしました。そこで為替紙幣が使われているのを目撃するのです。篤太夫に話しかけてくる老人がいます。

「あたしら三井やこの島田が為替方となって扱っておりますがね、これが、ちっとも信用がねえ。金もねえのに、御一新をしちまったもんで、いろいろ必死なんでござんすよ」

 老人は三井組番頭の三野村利左衛門でした。利左衛門は言い放ちます。

「まことのいくさはこれからざんす。わしら商人の戦いは」

 成一郎からの文が篤太夫に届きます。

「無事に帰国したとのこと。憧憬(どうけい)の至りだ。俺は今、おのれの全てを賭けて戦っている。命に替えて、徳川と上様をお守りする所存だ。お前は、上様の本当の心根を分かっておらぬ。徳川の家臣として、朝敵の汚名をすすぐことなく、この先どうして生きていけよう。俺は、俺の道を行く。もう会うこともなかろう。さらばだ」

 篤太夫は、六年ぶりに故郷、血洗島へと向かっていました。

 

 

『映画に溺れて』第440回 ナンズ・オン・ザ・ラン 走れ!尼さん

第440回 ナンズ・オン・ザ・ラン 走れ!尼さん

平成三年十月(1991)
池袋 シネマセレサ

 

 懐かしいエリック・アイドル主演のコメディ。相手役がロビー・コルトレーン
 定食屋でランチを食べているブライアンと同僚のチャーリー。昼休みは二時までらしい。ふたりで今の仕事について苦情を言い合う。そこへメッセンジャーボーイが現れ、ランチタイムは終わりだと告げる。
 次の場面は銀行。二人は銀行員だったのか。実はそうではなく、銀行を襲うギャングの下っぱなのである。
 ふたりのボスは陰険な若造で、中国人ギャングの麻薬の売り上げ強奪を計画している。この仕事を最後に役立たずのふたりを消してしまうつもりなのだ。
 それに気づいたブライアンとチャーリーは、中国人との銃撃戦の隙に横から奪った金をそのまま持ち逃げする。
 元のギャング仲間、中国人、警察の三者から追われたふたりは修道院に逃げ込み尼僧に化ける。そこに銃撃戦で負傷したブライアンの恋人フェイスも現れる。
 女装してギャングから逃げるアイディアは『お熱いのがお好き』と同じ。ギャングが修道院に逃げ込み聖職者になりすますのはロバート・デ・ニーロショーン・ペンの『俺たちは天使じゃない』である。
 最後はフェイスが入院中の病院で、ギャング仲間、中国人、警察、尼僧たちが鉢合わせ、大混戦になるが、ブライアンとチャーリーは看護婦に化け、フェイスを連れてまんまと空港まで逃げおおせる。と思ったら、空港にも警察の手が回っていた。
 ふたりを尼僧と疑わず、若い女性たちが目の前で平気で着替える場面が印象的。
 エリック・アイドルはその後、ディズニーランドの体感型立体映像アトラクション『ミクロアドベンチャー』に博士役で出演していたのでうれしかった。
 ロビー・コルトレーンは『ハリー・ポッター』シリーズで庭師ルビウスを演じている。

 

ナンズ・オン・ザ・ラン 走れ!尼さん/Nuns on the Run
1990 イギリス/公開1991
監督:ジョナサン・リン
出演:エリック・アイドルロビー・コルトレーンカミーユ・コドゥリ、ジャネット・サズマン、ロバート・パターソン

 

『映画に溺れて』第439回 ミラクル・ニール!

第439回 ミラクル・ニール!

平成二十八年一月(2016)
京橋 テアトル試写室

 

 学生時代、モンティ・パイソンが大好きで、毎週欠かさずTVで観ていた。イギリス出身の五人の秀才、グレアム・チャップマンジョン・クリーズエリック・アイドルマイケル・ペリンテリー・ジョーンズ、それにアメリカ出身のテリー・ギリアム
 この中のテリー・ジョーンズは中背でずんぐり、番組では全裸のオルガン奏者や目つきの悪い変なおばさんの役が多かったが、実は童話作家でもあり、晩年は歴史研究家でもあった。テリー・ジョーンズの最後の監督作品が『ミラクル・ニール!』である。
 遠い宇宙の果てで、高度な知性と文明を持つ宇宙生命体たちが集まり、会議を開いている。彼らは宇宙の秩序を守るため、無能な生物が支配する星を次々と消滅させてきた。地球から届いた幼稚なメッセージを嘲笑い、消滅を検討。が、その前にひとつチャンスを与える。地球人から無作為にひとり選んで、なんでも叶えられる万能の力を与え、結果を見ることにする。
 中学教師のニールはまったくやる気がなく、生徒たちからも馬鹿にされている。ある日、同僚と会話していて、あんなクラスなんかなくなればいいと言ったとたん、教室が爆破されて消滅する。右手を挙げて願い事を口にすると、それが叶うことがわかったニールは飼い犬のデニスに会話能力と知性を与える。隣に住む美人のキャサリンをなんとかしようとする。せっかく万能の力を授かっても思いつくのはつまらないことばかり。宇宙の果ての評議会では知的生命体たちが大笑い。
 隣のキャサリンもニールを憎からず思っているが、彼女にまとわりつくストーカーがニールの万能力を知り、これを悪用しようとして大騒動。
 宇宙生命体たちの声はかつてのモンティ・パイソンのメンバー、早くに亡くなったグレアム・チャップリンを除く仲間たちが演じた。ロビン・ウィリアムズは飼い犬デニスの声を担当したが、残念ながらこれが遺作となった。

 

ラクル・ニール! /Absolutely Anything
2015 イギリス/公開2016
監督:テリー・ジョーンズ
出演:サイモン・ペッグケイト・ベッキンセール、サンジーヴ・バスカー、ロブ・リグル、エディー・イザード、ジョアンナ・ラムリー、テリー・ジョーンズジョン・クリーズテリー・ギリアムマイケル・ペリンエリック・アイドルロビン・ウィリアムズ

 

『映画に溺れて』第438回 ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!

第438回 ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!

平成二十一年二月(2009)
新橋 新橋文化

 

 サイモン・ペッグニック・フロストのコンビが主演、エドガー・ライト監督の英国コメディである。
 エリート中のエリート警官ニコラス・エンジェル。大学と警察学校を主席で卒業、頭脳明晰、腕力に優れ、特殊部隊に配属され、次々と手柄を立てる。だが、あまりに優秀すぎて、周囲から浮いてしまい、おまえのせいで俺たちが無能に見えるという理由で、上司から妬まれ、田舎町に転勤となった。
 平和でのどかな田舎。事件など何も起こりそうになく、未成年者の飲酒を取り締まったり、行方不明の白鳥を捜査したり、退屈で手持無沙汰である。
 ところが、この平和な町で交通事故が発生し、弁護士とその恋人の市役所職員が死亡する。ニコラスはこの事故に不審を抱き、事件ではないかと疑う。
 田舎町の警官たちは一笑に付すが、さらに次々と住民が死亡する事故が続き、署長の息子でだらしない巡査のダニーを相棒にして、ニコラスは真相に迫っていく。
 鋭いニコラスとぼんやりしたダニーのコンビはまるでホームズとワトスンである。
 やがて事件の真相ととんでもない黒幕が判明し、田舎町の住人たちと警官との派手な銃撃戦となる。
 渋い古典風ミステリと思わせて、最後は活劇映画として大いに盛り上がる。この無茶苦茶さはモンティ・パイソンの世界を彷彿とさせる。
 四代目ジェームズ・ボンドだったティモシー・ダルトンが大真面目にコメディ出演というのもうれしい。署長がジム・ブロードベントビル・ナイマーティン・フリーマンエドガー・ライト監督の『ショーン・オブ・ザ・デッド』『ワールズ・エンド』にも出ているお馴染みである。

 

ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!/Hot Fuzz
2007 イギリス/公開2008
監督:エドガー・ライト
出演:サイモン・ペッグニック・フロストジム・ブロードベントティモシー・ダルトンビル・ナイマーティン・フリーマン、ルーシー・パンチ

 

『映画に溺れて』第437回 宇宙人ポール

第437回 宇宙人ポール

平成二十四年四月(2012)
飯田橋 ギンレイホール

 

 コミックやアニメやSFのマニアが集う祭典、コミコンがアメリカで開かれ、ふたりのSFオタクがイギリスからはるばる見物にやって来る。演じるのはエドガー・ライトのコメディでお馴染みのサイモン・ペッグニック・フロストのコンビ。
 会場にはスペースもののヒーローや宇宙人の扮装をしたマニアがいっぱい。SFグッズを買い込んだり、有名作家にサインをもらったり、わくわくしながらコミコンを楽しんだふたりは、その後、アメリカ国内のUFOスポット巡りに興じる。そして、出会うのだ。米軍の秘密基地から逃亡中の宇宙人ポールに。
 いかにもSF映画に出てきそうな型通りの宇宙人で、流暢な英語を話す。宇宙船が故障して、米軍の基地にずっと囚われていた。仲間が迎えに来ることになったので、そこまで車に乗せてくれ。これを追う軍の捜査官。
 英国人と宇宙人の道中に巻き込まれて加わるのが狂信的なキリスト教徒の若い女性。世界は神が創ったのだから、進化論も宇宙人も存在しないと主張する。
 ポールいわく、スピルバーグに映画のアイディアを助言したのは僕なんだ。『未知との遭遇』や『E.T.』など、SF映画へのオマージュがたっぷり。
 米軍秘密基地でポールを研究し虐待していたボスが『エイリアン』のシガニー・ウィーバーというのも楽しい。
 旅行中のふたりの英国人がアメリカで宇宙人に出会う設定は、ひょっとして、旅行中のふたりのアメリカ人がイギリスで狼人間に出会うあれとも関係あるのか。
 それはそうと、このとき、飯田橋ギンレイホールでは『宇宙人ポール』と『メン・イン・ブラック』が二本立てだった。同じ時期、早稲田松竹では『未知との遭遇』と『宇宙人ポール』、キネカ大森では『ホット・ファズ』と『宇宙人ポール』の二本立て。だから私は名画座が好きなのだ。

 

宇宙人ポール/Paul
2011 イギリス・アメリカ/公開2011
監督:グレッグ・モットーラ
出演:サイモン・ペッグニック・フロストジェイソン・ベイトマンクリステン・ウィグビル・ヘイダーブライス・ダナー、ジョー・ロー・トルグリオ、ジョン・キャロル・リンチシガニー・ウィーバーセス・ローゲン、ジェフリー・タンバー

 

大河ドラマウォッチ「青天を衝け」 第24回 パリの御一新

 血洗島の篤太夫の生家に、一人の侍が訪ねてきます。パリで篤太夫と共にいた、外国奉行支配調役の杉浦愛藏(志尊淳)でした。杉浦は篤太夫からの文(ふみ)を届けに来たのでした。篤太夫からの荷物には、写真も入っていました。一枚は額に入れられた民部公子(板垣李光人)の写ったもの。そして髷を切った洋装姿の篤太夫のものがあったのです。これを見た篤太夫の妻の千代(橋本愛)は一言もらします。

「あさましい」

 慶応四年(1868)一月二日。パリの一行に幕府から御用状が届きます。外国奉行の栗本鋤雲(池内万作)がそれを開き、顔色を変えます。

「上様が政(まつりごと)を朝廷に返上したと」

 皆はそれを信じることができません。

 篤太夫は日本総領事のフリュリ・エラールに、証券取引所に連れて行かれます。そこでは男たちがやかましく声をあげていました。篤太夫はエラールに、国債について説明を受けます。さらに社債についても教えられます。篤太夫は腑に落ちない様子でした。

 二月になると、江戸からまた御用状が届きます。そこには慶喜が薩摩との衝突を避けるために京を出て、大阪城に入ったことが記されていました。大阪城には公儀の兵が集結しているとのことでした。栗本は信じられません。

「いよいよ逆賊御殲滅(せんめつ)という、会心の知らせが届くのを待ち望むのみ」

 と、書状を机に叩きつけるのでした。

 篤太夫あての文(ふみ)も送られてきました。見たて養子の平九郎(岡田健史)からのもの。母からのもの。惇忠(田辺誠一)からのものには、長七郎が牢を出たことが記されていました。そして千代からのものには

「お前様が以前と変わってしまい、どうしたことか。あまりにあさましく、見るのもつらきこと。異国になじまねばならぬとはいえ、心苦しく、どうか、以前のような勇ましいお姿にお改めくださいますよう、くれぐれもお願い申し上げます」

 と、書かれていました。篤太夫は笑い声を上げながら頭を抱えます。そして

「会いてえなあ」

 と、つぶやくのでした。

 三月に横浜からフランス人向けの新聞が届きます。そこには京都と大阪の間でいくさがあったことが記されていました。

「御用状にもそうある」と栗本がいいます。「今までの知らせは、嘘偽りではなかったのだ」

 篤太夫が御用状を読み上げます。幕府軍に向けて薩摩の兵が砲弾を放ち、伏見、鳥羽などで昼夜を問わずいくさとなり、ついには全軍が敗走した。慶喜は大阪を立ち退き、船で江戸に戻った。朝廷は朝敵の名を慶喜に負わせ、関東征討の勅命を出し、兵を率いて江戸に向かうとの噂。

「馬鹿な。あろうことか上様が朝敵とは」

 と、取り乱す者がいます。民部公子に知らせる必要があると思われましたが、慶喜からの直書が同封してあり、すでにそれを読んでいるはずとのことでした。

 篤太夫は民部公子の部屋を訪れます。直書には

「せっかく参ったのであるから、急ぎ帰国する考えを抱くことなく、十分留学の目当てを達するように」

 と、書かれていました。篤太夫は意見を求められます。

「真(まこと)を申せば、全くもって解(げ)せませぬ」篤太夫は頭をたれています。「文(ふみ)でお諫(いさ)めになってはいかがでしょうか」

「諫める」

 と、民部公子は聞き返します。

「文(ふみ)にて建白なされるのです。例えば、政権を朝廷に返されたのなら、なぜ兵を動かしたのですか、と。また、いくさのご意志があって兵を動かしたのなら、なぜ最後まで戦われなかったのか」篤太夫の声は感情的になっていきます。「この先、必ず、臆病、暗愚とののしられると分かりながら兵を置き去りにし、江戸へ戻られたのはいかなることでございましょう。朝敵の汚名を着せられ、追討軍に負われても勇敢な家臣と共に戦われず、かようなあり方で神祖三百年の御偉業をみずから捨てられ、東照大権現様に何と申し開きをなされるおつもりか」

 篤太夫の声は高まっていました。いつの間にか自分の気持ちを述べていたのでした。

 四月。栗本たちが一足先に日本に帰ることとなりました。

 篤太夫のもとに、幕府軍として戦っていた、成一郎(高良健吾)からの文(ふみ)が届きました。そこには成一郎が銃弾で負傷した事が書かれていました。

「幸いにも江戸に戻れたが、薩摩、長州、土佐の勢いは盛んで、今や上様はどんな勅命も甘んじて受け入れると、上野寛永寺で蟄居(ちっきょ)をされ、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。しかしお前が国を離れて以来、上様が少しでも尊皇の大儀に背いたことはない。俺は上様の汚名をそそぐため、旗本御家人の同志と同盟を結んだ。きっと挽回の時が来る」

 それを読んだ篤太夫は涙を流すのでした。

 篤太夫は民部公子とコーヒーを飲んでいました。そこに文(ふみ)が届きます。新しい政府からの公文書だというのです。民部公子は思わずつぶやきます。

「新しき政府」

 御一新につき、民部公子も急ぎ帰国せられよとの内容でした。

「御一新」

 今度は篤太夫がつぶやきます。

 書庫で篤太夫は、エラールと話します。

「フランス政府も帰国を勧めています。上様も水戸に謹慎され、帰られても民部公子様に危害は及ばないでしょう」

 そういうエラールに対し、篤太夫はいいます。

「しかし、民部公子は国を出る前、何があっても、学問を続けるよう上様にいいつかっておられた。どうにかして学業を続けていただきたい」

「分かりました」と、エラールはいいます。「じきにロッシュが日本から戻るので、相談しましょう。それからでも遅くはない」

 七月になります。水戸藩主が亡くなったという知らせが民部公子にもたらされます。民部公子は荒い息をつき

「そうか」

 と答えます。それにより朝廷の指示で、民部公子が水戸家を継ぐことが決まったというのです。

「私が、水戸を」

 民部公子は動揺します。

「そんな」篤太夫は考え込みます。「これは何かの謀(はかりごと)だ。民部公子様を、どうにか国に戻そうとする誰かの謀に違いない」

 そこにエラールに連れられて、前駐日フランス公使のレオン・ロッシュがやって来ます。

「御一新など無視して学業を続けましよう」ロッシュは訴えます。「今、日本に帰ったら危ない。会津が新政府軍と戦っていると聞きました。帰れば必ず巻き込まれます」

「いや」決意の声を民部公子は出します。「もう帰ろう」民部公子はエラールたちにいいます。「この国の方々に心から感謝申し上げる」

 エラールたちは民部公子に深く頭を下げるのでした。

 パリの川沿いを民部公子と篤太夫が歩きます。民部公子が立ち止まります。

「渋沢、私は、水戸に帰るのが怖い」民部公子は篤太夫を振り返ります。「日本に戻っても、私の側にいてくれぬか」

 篤太夫は書庫を片付け、帰国の用意をしていました。そこにエラールがやってくるのです。篤太夫はエラールにいいます。

「あなには礼をいわなければならないことがあります」

 篤太夫はエラールに勧められた国債と鉄道債を買い、利益を上げていたのです。エラールはいいます。

「その日本のお金が、フランスの鉄道にも役立った」

「しかり。皆の小さき一滴一滴が流れを作り、皆が幸せになる。こんなトレビアンな術があるのかと、あなたは俺に教えてくれた」

 篤太夫証券取引所での出来事を思い出していました。

「キャピタルソシアル」とエラールはその制度について説明します。「上下水道や鉄道もそう。志は良くても、一人ではできそうにないことが、多くの人から少しずつ金を集めることで可能になる。貸す方だって、ただ貸すのではない。事業がうまくいけば、なんと、配当金をもらえる」

 篤太夫証券取引所にいる人々を見下ろします。

「一人がうれしいのではなく、皆が幸せになる。一人ひとりの力で、世を変えることができる」篤太夫は胸を押さえます。「おかしれえ。これだ。俺が探し求めてきたのはこれだ」